砂の万灯
祭りのアルバム 万灯人形一覧








祭名称 砂の万灯 (市指定無形民族文化財)
神社名称 八雲神社
祭神 素戔嗚尊
由緒 昔の砂村、その後の大砂土村の八雲神社の夏祭りは、天王様とも呼ばれ、江戸時代の前期・17世紀の終わり頃に始まったとされている。祭礼は、悪疫退散、農産物の病虫害防除を祈願して7月14日に行われ、村の7組が万灯を奉納した。組は、万灯組といわれ、本村組・西本組・東本組・中組・中本組・上中組・大上組からなり、20戸ほどの農家で構成されていた。電線が敷設されるまでは、14日夜から15日朝にかけて村内を村中総出でねり歩いたというが、電線が敷設されてからは、万灯の巡行ができなくなり、境内に並べるだけになった。
それも、農家が減るなど都市化による人口の変動などにより、平成5年以降は万灯の奉納は行われなかったが、平成17年に12年ぶりに行われた。
人形は、降臨するところとされ、だんだんと華美なものになり、近年は武者人形が多くなったという。


●八雲神社境内の大欅 (昭和37年市指定)
樹高30m、樹齢600年とされる大欅は、八雲神社の神木として崇められ、境内にある観音堂の近くにあり、昔から「観音様のケヤキ」としても親しまれている。
開催日 7月末(不定期)
場所
さいたま市見沼区東大宮一丁目
東京からの主なアクセス(2005年7月時点:要確認)
pJR上野−(普通)−東大宮下車徒歩約15分
 時間:約35分、料金:片道 乗車券・570円
参考資料 木村組パンフレッドなど
市概要 人口(見沼区):15.3万人、所帯数:6.0万世帯 (2005.7)
●見所時間:万灯の奉納は不定期で、2005年は12年ぶりに7月23日(土曜日)16.00〜に行われた。
内 容 7月23日(土)
万灯の奉納 16.00〜
(境内に展示)
神事 16.15頃〜
子ども神輿渡御 16.45頃〜20.00頃
(境内)

G地元の50才代と思われる人の話では、昔、子どもの頃、万灯は大人が担いで廻ったが、重さが20kg以上はあり、いつ頃か覚えがないが固定して奉納するようになった。それも平成5年からは中断されていたが、復活し嬉しい。
・万灯は、彫刻や細かい細工が施された豪華なもので、非常に珍しい。一番上に載っている人形も、素盞嗚尊、源義経や弁慶など武将が多いが、山車人形にはない、浅野内匠頭長矩と片岡源五右衛門の人形も載る。
・来年の万灯の奉納は、未定とのことである。
・みつ様に珍しい砂の万灯を紹介して頂いた。

・2005年の砂の万灯の日は、夕方、千葉県北西部を震源とする東京で震度5強の地震があった。当日、掛け持ちで祭り見物を計画し、砂の万灯を見た後、電車の中で地震にあい、電車が遅れたり、不通になったため、次の祭り見物を中止した。電車はほとんど動かず、地震の怖さを味わった日でもあった。
  
 12年ぶりの万灯の奉納は、天気にも恵まれ、華やかな雰囲気の中、地元の人たちをはじめ多くの見物人で賑わった。大きな人形が載った万灯は、一万灯などの部品は細かいところまで作り込んだ豪華なもので、見物人の関心を集めていた。
 農村部であった砂が、都市化にともない、祭りの形態も変わり、昔は万灯は担がれて巡行し、神輿は渡御していたが、今はどちらも境内に展示されるにとどまり、子ども神輿も神事の後、境内を渡御する。珍しい万灯を見ることができありがたいが、今後、1基だけでも振り回す万灯を見られることを期待したい。
境内に奉納される7基の万灯
境内に展示奉納される7基の万灯。境内では、居囃子が演奏され祭りを盛り上げる。
万灯は、杭に固定される 万灯の作りは、豪華で緻密
万灯は、地面に打たれた杭に固定され、組毎の掲示板が立てられる。親切な組では、パンフレットが配布される。
夜に見られなかったが、ボンボリや一万灯に灯が灯るとさぞかし幻想的であろうと思われる。
万灯は上から、人形・高欄を巡らした山台・小幕・一万灯・鼓・藤棚・大幕などと呼ばれている。作りは、豪華で細かい細工がされている。
今は渡御しない神輿が飾られる
250kg以上ある本社神輿と獅子頭。40〜50年前までは、氏子によって町内を渡御した。その後、都市化による人口の変動などにより、現在は行われていない。
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